北川景子
「胸がえぐられるような場面もあるのにも関わらず、
原作を読み終えたとき、心の澱(おり)を洗い流せたような、
清々しく前を向けたような気持ちになりました」

映画『ファーストラヴ』では、環菜(芳根京子)の親友の存在や、由紀(北川景子)が一児の母であるという設定がばっさりカットされています。

島本理生著『ファースト・ラヴ』読書感想

2020年2月、島本理生著『Red』(2014/9/24刊行)が映画公開されました。
そして、2021年2月には第159回直木賞受賞作『ファーストラヴ』(2018/5/30刊行)の映画が公開されます。
そこで、原作の島本理生著『ファーストラヴ』を読んでみました。

島本理生著『ファースト・ラヴ』直木賞決定前の単行本『ファースト・ラヴ』

なぜ、娘は父親を殺さなければならなかったのか?

「動機はそちらで見つけてください」
父親を刺殺した容疑で逮捕された女子大生・聖山環菜の挑発的な台詞が世間をにぎわせていた。臨床心理士の真壁由紀は、この事件を題材としたノンフィクションの執筆を依頼され、環菜やその周辺の人々と面会を重ねていくが……。(単行本・帯裏)

【事件概要】

事件の午前中、聖山環菜は都内でキー局の二次面接を受けていた。しかし具合が悪くなり、途中で辞退したという。数時間後には父親が講師を務める二子玉川の美術学校を訪ねている。そして女子トイレに呼び出した父親の胸を、渋谷の東急ハンズで購入したばかりの包丁で刺した。

血を浴びたリクルートスーツのジャケットとシャツを脱ぎ捨て、白いTシャツに紺色のスカートという格好でその場から逃走した彼女は、自宅へと戻る。そこで母親と言い争った後、自宅を飛び出して多摩川沿いを歩いていたところを近所に住む主婦が目撃。

「動機はそちらで見つけてください」
逮捕された聖山環菜の話題になった言葉です。

なぜ、娘は父親を殺さなければならなかったのか?
この謎を臨床心理士・真壁由紀(北川景子)と環菜の弁護人・庵野迦葉(中村倫也)があばいていきます。あばくというより、被告人・聖山環菜(芳根京子)の深層意識を解明していきます。

そして、意外にも検察官の質問に答えていく過程で、環菜自身が自分の深層意識を語り出します。推理小説の探偵のように。由紀や迦葉が殺人の動機を解明するのではありません。

『ファーストラヴ』環菜の裁判

映画『ファーストラヴ』聖山環菜(芳根京子)映画『ファーストラヴ』聖山環菜(芳根京子)

「罪名及び罰条、殺人、刑法第199条」
「被告人を懲役15年に処するのが相当と考えます」
この時、聖山環菜は18才です。

「亡くなってしまった父には申し訳ないことをしたと思います。だけど、じゃあ、どうすればよかったのか、私にも分からないんです。自分がおかしいことには気付いてたけど、病院にかかるようなお金もなかったし、母は自分でなんとかしなさいと言うので、そうするものだとずっと信じてきました。
私は、どうすればよかったんでしょうか。自分を抑えて試験を乗り切ることができたらよかったのに、と今でも思います。だけどあのときは無理でした」

これほど真っすぐに自分の思いを言葉にすることができるようになった彼女が、今自由の身ではないことが私は一臨床心理士として惜しかった。

判決「主文。被告人を懲役8年に処する」

最後の約40ページほどの裁判シーンは、読み応え十分。
今まで本心を言えなかった、周りと自分自身に抑えられていた環菜ですが、『自分の思いを言葉にすることができるようになった彼女』の自立の記録と言ってもいいかもしれません。

この物語は、聖山環菜の殺人事件と解明が主題ではありません。
単純に実の両親が犯した少女虐待とは違い、知らずしらず家庭環境と自分自身が、本心を隠すように自分に強いた虐待です。母・昭菜は「虚言癖がある」と証言しています。

果たして、環菜は父親を殺したのでしょうか?

一審の判決後、環菜は由紀に手紙で書いています。

法廷で、大勢の大人たちが、私の言葉をちゃんと受け止めてくれた。
そのことに私は救われました。
苦しみ悲しみも拒絶も自分の意志も、ずっと、ロにしてはいけないものだったから。

どんな人間にも意志と権利があって、それは声に出していいものだということを、裁判を通じて私は初めて経験できたんです。

庵野先生と控訴も検討したけれど、やっぱり一審の判決をこのまま受け入れようと思います。

タイトル『ファーストラヴ』とは?

環菜のファーストラヴ 、恋と思いたい初恋は、家出したときに逃げたコンビニ店員の小泉裕二(石田法嗣)。この初恋は奇妙な関係、環菜が小学生であったことからも添い寝と口だけでの肉体関係。小泉は18歳未満の児童に対する性犯罪を恐れていたので、この関係は3ヶ月で終わってしまいます。

また、由紀のファーストラヴ は、大学時代の迦葉との恋に似た?関係。
ベットインしても、最後までできなかったのです。
どうしてか、二人はその後ギクシャクしますが、環菜の事件はそのギクシャクさも昇華していきます。

迦葉は、由紀の夫である義兄・我聞にこう伝えていました。
「大事だったけど、恋愛ではなかった。それがどれだけ特別なことか伝えようと思っても、きっともう由紀は受け入れないだろう」
「恋愛」ではない「特別」って、ソウル・メイトとか? よくわからないですよね。

由紀の夫・真壁我聞(窪塚洋介)は、判決後まで由紀には黙っていました。大地のように包み込む優しい性格です。なんか、個人的には窪塚洋介っぽくないなと思いました。

書名『ファーストラヴ』ですが、初恋自体がテーマではありません。ファーストラヴはモチーフです。

終わりに。最大の闇—環菜の母・聖山昭菜(木村佳乃)

私にとって最大の謎は、母である聖山昭菜の闇
環菜の持っていた包丁が父・那雄人(板尾創路)の胸に刺さる前のこと、
検察官「あなたは、(父が)おかあさんに連絡すると言われて、どうしてそんなに取り乱したんですか」

毋は環菜の傷を見て、
「なにその気持ち悪い傷、と言われたんです。一度テレビで自傷する若者たちの特集をやっていたときも、あんな怖くて気持ち悪いものは見たくない、と吐き捨てるように言っていました。だから、私は、母にはそのことを知られたら絶対にいけないと思っていました。それが理由です」

環菜は問題があると、それを解決するために自傷行為を繰り返してきました。
その環菜の腕の傷よりも母の傷はひどかった。その傷は誰がつけたかは説明されません。
それを見た真壁由紀(北川景子)はこう思います。

もしかしたら誰よりも環菜が壊れていくことを恐れていたのは彼女(母親)だったのかもしれない。それを直視すれば、自分自身の暗い過去と対時することになるから。だから目をそむけたとしたら。
私は環菜が法廷で告白した言葉をそっと呟いた。
「気持ち、悪い」
気持ち悪くなどない。それだけつらい想いをし続けて、耐え抜いてきた証なのだと教える人間が一人もいなかったのだ。あの母親のそばには。今も。

主題から外れているので、『ファーストラヴ』では、母である聖山昭菜の闇は、それ以上語られません。できれば、その物語を島本理生氏に「続編」として書いてほしいと思いました。

映画『ファーストラヴ』2021年2月11日(木)公開

【キャスト】
真壁由紀(北川景子)臨床心理士
聖山環菜(芳根京子)父・那雄人を殺したとされる。
庵野迦葉(中村倫也)環菜の弁護人
聖山那雄人(板尾創路)環菜の父
聖山昭菜(木村佳乃)環菜の母
真壁我聞(窪塚洋介)由紀の夫で迦葉の義理の兄

映画『ファーストラヴ』公式サイト

島本理生の映画『ファーストラヴ』へのコメント

近年、女性が理不尽に対して声をあげる、という流れが少しずつ生まれている中で、映画『ファーストラヴ』を鑑賞し、そのスリリングな面白さはもちろんのこと、今の日本においてこの映画は社会的にも非常に重要な作品だと確信しました。原作者として関わることができたことを心の底から嬉しく思いました。

殺人事件の容疑者でありながら、混乱した痛みを抱える環菜の内面が、緻密な脚本と演技によって見事に表現されていて、傷ついたまま沈黙してきた女性たちはこの映画を観て、これはいつかの自分だ、と感じる瞬間がたくさんあるのではないでしょうか。

一作家として、又、思春期の頃から堤幸彦監督の作品に夢中になってきた一ファンとして、とにかく一人でも多くの方に観てほしい、と力を込めて訴えたいです。
(映画『ファーストラヴ 』公式サイトより)

島本理生

1983年生まれ、東京都出身。
1998(平成10)年、15歳の時に「ヨル」が「鳩よ!」掌編小説コンクール第二期10月号に当選、年間MVPを受賞する。2001年に「シルエット」で第44回群像新人文学賞優秀作を受賞。2003年には『リトル・バイ・リトル』で第25回野間文芸新人賞を史上最年少で受賞した。2005年『ナラタージュ』が第18回山本周五郎賞候補となるとともに、「この恋愛小説がすごい!2006年版」(宝島社)第1位、「本の雑誌が選ぶ上半期ベスト10」で第1位を獲得しベストセラーとなった。さらに2015年に『Red』で第21回島清恋愛文学賞を受賞、そして2018年『ファーストラヴ』で第159回直木賞を受賞した。

今さらですが、直木三十五賞とは?
直木賞は、無名・新人及び中堅作家による大衆小説作品に与えられる文学賞である。通称は直木賞。 かつては芥川賞と同じく無名・新人作家に対する賞であったといわれているが、1970年代あたりから中堅作家中心に移行、近年では長老クラスの大ベテランが受賞することも多々ある。( ウィキペディアより)

大衆小説作品とありますが、大衆小説とは?
大衆小説、大衆文学は、純文学に対して「芸術性」よりも通俗的で「娯楽性」に重きを置いている小説の総称で、時代物(現代物は「通俗小説」という)のことです。

時代物とは?
歌舞伎や人形浄瑠璃の演目のうち、江戸時代の庶民の日常からかけ離れた話題、すなわち遠い過去の出来事や、武家や公家の社会に起きた出来事などを扱ったものをいう。 逆に、江戸時代の庶民の日常そのものである市井の話題や風俗などを扱った演目のことを、世話物という。

【映画レッド】夏帆&妻夫木聡。島本理生の原作 3人の疑問+α ネタバレ

ファーストラヴ 痛みに顔をゆがませる北川景子は必見!

前田有一(映画ライター)

環菜の親友の存在や、由紀が一児の母であるという設定がばっさりカット

北川景子がロングヘアを30cm切って役作りした話題の本作。

実は、2020年NHKでドラマ化されているが、映画版では独自のアレンジが施されているのも見もの。中でも、原作ではキーマンとなる、環菜の親友の存在や、由紀が一児の母であるという設定がばっさりカットされているのにはビックリした。
これによって映画は由紀vs環菜のシンプルな対時の物語となり、衝撃の真相までノンストップの謎解きが続くハイテンポな作風に。また、北川はショートカツトで女優としての新境地に挑戦。回想シーンでの、かわいらしい女子大生姿から、ある人物との生々しい初エッチ濡れ場まで一人で演じ切っている。美しい顔を、痛みでゆがませるリアルな演技は必見だ。

一方、容疑者役の芳根京子も、底知れない闇を抱える若き殺人者を熱演。どこか守ってやりたくなる弱さや女性らしさも光る。稀代の美人女優、北川景子にノーメイクで対時して引けを取らない美形ぶりも注目される。2人の演技合戦は、少々不謹慎ながら大いに目の保養になった。

(アサヒ芸能2021.02.03)